炭都・宇部の歴史を今に伝える、日本初の石炭記念館
石炭記念館ブログ
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この度、市制施行100周年記念式典において当館にゆかりのある方々が市政功労者として表彰されました
1921年(大正10年)11月1日に誕生した宇部市は今年、100歳となりました。
昨日11月1日、その100歳を祝って行われた市制施行100周年記念式典では、永年にわたり市政の各分野で活躍、貢献された61名と8団体の方が表彰され、当館の炭鉱の語り部ボランティアとして活動されている木下幸吉さんと、宇部の炭鉱を後世へ伝える活動をされている炭鉱を記録する会が市政功労者(共に産業功労)として表彰されました。
木下幸吉さんは、宇部の主要炭鉱であった東見初炭鉱と沖ノ山炭鉱で閉山までの21年間勤務され、宇部の数少ない炭鉱遺産である「沖ノ山電車竪坑櫓」(昭和38年建設)建設の際には建設班の一員として工事に関わりました。2014年(平成26年)からは「炭鉱の語り部」として、毎週月曜日に当館に通われ、坑内機電係員として得た知識と確かな記憶力、経験に基づいた解説で多くの人を魅了しています。
また、炭鉱勤務の傍らで短歌を始めるなど歌人としても活動され、現在、宇部短歌協会の会長として後進の育成にも尽力されておられますが、木下さんが詠まれた炭鉱をモチーフにした短歌は、坑内の様子や炭鉱機械の迫力などが写実的に表現されていることから、石炭記念館ではこれらの短歌のなかから33首を「炭鉱(やま)の歌」として、展示物とあわせて観賞できるようにしており、石炭記念館をより深く楽しむための重要なツールとなっています。
炭鉱を記録する会は、市が発行した2冊の山口炭田炭鉱写真集『炭鉱 戦後五十年の歩み』(平成7年発行)及び『炭鉱 有限から無限へ』(平成10年発行)をきっかけにして、これらの本の編集委員で、沖ノ山炭鉱や西沖ノ山炭鉱、美祢市にあった山陽無煙鉱業所に永年勤務され、沖ノ山電車竪坑遺構の保存や石炭記念館前にある宇部炭田発祥の地記念像の建立にも関わった浅野正策さん(初代会長)が本の発行だけでなく、宇部の発展の原点である炭鉱を後世に語り継がなければと他の炭鉱経験者にも声をかけて、1998年(平成10年)に結成されました。
その後、2002年(平成14年)には炭鉱写真をデータベース化した「炭鉱とわが町」や、炭鉱で使われた言葉たちを解説した山口炭田炭鉱用語集『炭鉱の言霊』を編纂したほか、石炭記念館での講演会、次世代を担う子どもたちへのガイドやイベントなどを通じて宇部の炭鉱の歴史を伝える活動を行なっています。
現在でも月に1回、勉強会を開催しており、80~90歳代の炭鉱経験者から炭鉱を知らない30代までの幅広い世代の会員が所属して会員間における炭鉱の記憶や歴史の継承、炭鉱関連の研究なども積極的に行なわれています。
また、拠点の1つとなっている当館の展示や調査研究、イベント等において助言をいただくなど、石炭記念館の運営にも必要不可欠な存在です。
宇部市は炭鉱によって発展したことで100年前、宇部村から町制を経ずに一躍、市となりました。今回、市制施行100周年というタイミングで、炭鉱の記憶を次世代へとつなげるために精力的に活動されている方々が表彰を受けたことは大変嬉しく思います。
宇部から炭鉱の灯が消えて久しいですが、今後もこうした取り組みを続けて来られている皆さんの活動の一助となれますよう、石炭記念館も新たな気持ちで頑張っていきたいと思います。
ちなみに石炭記念館の開館日も11月1日で、宇部市と誕生日が同じです。なので昨日、石炭記念館は52歳となりました!
100歳にはまだまだ届きませんが、今後ともどうぞよろしくお願いいたします!!